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川上弘美『夏休み』極上の比喩を味わう

はじめに

 この頃、自宅での活動が求められるようになり、当たり前だった日常が明らかに変わりつつあります。それぞれの平穏な日常の中に、見えない非日常の存在が入りこんできて、これまでとは違う種類の不安が増しています。

    そんな中、どうぶつの森をプレイしてリラックスする人がいるように、穏やかな非日常を選びとることで、気持ちを癒したり気分を安定させる方法もあります。私にとっては、それは読書であり、録音したラジオドラマを聴くことだと感じています。今回の小説は、すこし季節を先に送った、夏から秋に移り変わる頃の物語です。

 この作品の一番の良さは、「極上の比喩を味わえる」ことです。[3-3 綿密に準備された比喩の世界 (クリックでジャンプ)]で取り上げたシーンへと読者を運ぶ構成もすばらしいのです。それでは、物語の流れに沿って、読みどころを紹介していきます。

 

1. 梨と生き物

 作者の作品には、食事をする場面が多く出てきます。食べ物の豊かな表現を楽しめることは。作者が書く小説のひとつの魅力です。今回は「梨」が出てきます。シャリシャリと噛む、あまい汁がたっぷりと入った果物です。主人公が働いている時に、梨の木のあたりから三匹の生き物が現れます。大きさは梨の二倍くらい、そのうち二匹は活発で、残り一匹は引っ込み思案と、性格が微妙に違っています。そして、その不思議な生き物は話すことができ、食事はただひたすらに、梨だけを食べるのです。

 

三匹のうちの一匹を掌に載せてみた。あたたかい。疲れた掌が伸びていくような感じがする。(p.22)   そっと抱き上げて、小さな顔に頬ずりしてみた。一匹はおとなしく頬ずりされている。生えている白い毛が触れて、くすぐったい。(p.30)

まるで、新しく飼い始めたペットをなでているような、穏やかなやりとりが、この後も続きます。  

 

2. 子どもらしさの表現力

「おなかすいたよ」「梨ちょうだい」「梨」「梨」(p.30) 

 

  生き物たちは、行動や話す言葉にどこか子どもらしさを感じさせます。昼間は畑を駆けまわって遊び、梨が食べたくなったら主人公にせがんで、梨をザクッ、ザクッ、とがっつきます。三匹は遊ぶように畑を走りまわり、思ったことをすぐに声に出します。また、何度も同じ話をくり返すことで、時には主人公を軽く怒らせて、夜になると「まだ起きてていい?」と聞きつつ、すぐに寝てしまいます。

 

梨,みずみずしい 

  これらの活き活きとした生き物の描写は、作者が実際に育児を経験して得た子どもをみる力が活きていると思います。生き物の子どもらしい特徴は、作者特有のくりかえしを多く含んだ柔らかい文章で表現されるため、読むととても心地よく感じられます。

 

3. 不思議な世界の構成を読む

  さて、作品には「ずれ」という言葉が何度も出てきます。作中で主人公が感じる「ずれ」が何かを考えてみることで、作品全体の幻想的な雰囲気を作り出している「仕掛け」が分かるようになっています。

  

3-1  くりかえしの効果

  夜が来るたびに、「何かがちがう」という感覚が主人公にやってきます。このくりかえしは、作者が創った世界に読者をすこしずつ慣れさせる効果も発揮しています。次の場面は、はじめて「ずれ」が書かれる場面です。

夜になると、何かがずれるようになったのである。何がずれるのか、時間がずれていくような気もしたし、空気がずれていくような気もしたし、音がずれていくような気もしたし、全部ひっくるめてずれていくのかもしれなかった。それで、昼間梨畑で働かせてもらうことにした。(p.23)

 

 夜の時間が、すこし特別な時間として書かれはじめます。そして、日常的な描写の中に、非日常がすこしずつ置かれ、しだいに濃さを増してきます。

 

 眠ることができず、いつもよりひどいずれがやって来る心もちになっていた。これはいけないと食器をみがいたりしたが、やり過ごせないようだった。外に出て、梨畑まで歩くことにした。(p.27)

  

  この、「ずれ」の意味を読み解く手がかりは、主人公の日常と、生き物の日常の違いにあります。

 

3-2  人と生き物、世界を分ける境界線

  「ずれ」を考える時、大事なポイントは、主人公と不思議な生き物は元々は違う日常に属している存在で、そこには取り除くことが難しい「境界」がある、ということです。

 

  そして「ずれ」とは、「主人公の世界と、生き物の世界を分けている境界が揺らいで、日常と非日常のバランスが変わりつつあること」を示していると考えられます。

 

 畑で手伝いをする主人公の日常は、昼に動いて夜に眠ることです。それが、非日常の生き物と出会って、寝付きにくくなっていることは、境界が揺らいでいる様子を表しています。また、主人公が生き物に愛着を持ちつつあることは、生き物の側の日常に、主人公が入りかけているということを示しています。そして、生き物の側の世界の濃さが増してきているために、主人公は夜だけでなく、昼間にも「ずれ」を感じてしまうのです。

  

「あれ、言わなかったっけか。シーズンが終わると消えるんだよ、これ」

 昼間なのに、ずれるような気がした。立っている自分から、そっくり同じ大きさの自分がひょいと出て、そのままどこかに歩いていってしまいそうな気がした。(p.31)

 

  ここまで、「ずれ」という言葉で表してきた「主人公と生き物の境界のゆらぎ」は、この日の夜の幽体離脱のシーンで最高潮に達します。ただ、ここが突飛なシーンにならないのは、ここまでに段階的に繰りかえしてきた「ずれ」の描写や、昼のシーンでの「ひょいと出て」という細かい伏線によって、読者を非日常の世界に慣れさせているからなのです。

 

3-3  綿密に準備された比喩の世界

 ここからの、幽体離脱のシーンは、巧みな比喩の使い方を読むことができる場面です。夢の中にいるようなシーンのはじまりと、結びにつながる物語の運び方は、ぜひとも注目してもらいたいです。まずは、そのはじまりの場面です。

 

  夜、激しいずれがやってきた。(中略) からだ全体がすっぽり抜けてしまうようなずれだった。抜けて、からだの横に立ってしまった。寝ているからだのまわりを、三匹が跳ねまわっていた。(p.32)

  

 日常-非日常で言えば、完全に非日常の世界です。 比喩表現がその入り口になっていることで、とても幻想的で夢のような軽さをもった世界観が創られます。また、精神だけが体を抜け出すという非日常の世界に入ったとたんに、三匹の生き物が傍にいることも、巧みな演出です。

 主人公は誘われるままに畑に行くと、まず二匹の生き物が梨の木の白い瘤(こぶ)に変わります。残りの一匹は、主人公の肩から離れることをためうのですが、最後は決意するように主人公から離れます。ここでの言葉は、主人公と生き物の世界を分ける「境界」を最も的確に表しています。

 

よその生き物に、だめなのなら、などとは言えなかった。(p.34)  

 

  そして次の描写は、主人公と生き物の「境界の揺らぎ」を強く表しています。

 

 

瘤の中に吸い込まれるような心もちになった。

吸い込まれる。そう思った。連れていかれる。

その瞬間、反射的に瘤を叩いていた。瘤から身を遠ざけようとしていた。(p.35)

 

  

  分かれていた世界が混ざり合い、主人公が非日常の生き物の世界に引き込まれつつあります。瘤を叩いて身を遠ざけることで、主人公は元の世界に戻ろうとしているのです。そして、幻想的なこの世界は、はじまりと同様に、比喩表現で終わります。

叫んだとたん、からだは重さというものをなくして、すごい速さで部屋に飛んで帰った。(p.35)

 ここで「飛んで」という言葉を使うことで、主人公が夢のような世界を、実際に活き活きと動いているように見せる効果が発揮されています。作者は、この比喩で始まり、比喩で終える、幻想的な非日常の場面を書くために、言葉を選び抜いて、とても綿密に物語を構成していることが読みとれます。

 

 

3-4  日常は穏やかに非日常を包む

青空,道路,清々しい

   場面は一転して、物語の最後には、主人公が畑を離れて、出発する場面が書かれています。去り際に、主人公は生き物が見えなくなった梨畑に向かって、感謝の言葉を小さくつぶやき、歩き始めます。

 

   生き物が主人公の肩から離れて、生き物の世界に勇気を出して行ったように、主人公もまた、畑から新しい場所に向けて進もうとしていることを予感させます。この場面は、爽やかな風が吹いて、主人公の出発を応援してくれているような心地よさが感じられます。

 

  「日常は生きているかぎり、変化しながら続いていく。見えなくなっても、日常のなかに非日常の存在はあり続ける。それは親しみやすい相手になることもあり、境界が揺らいだ時には恐さを感じる対象にもなる。その境界を意識しておくことが、穏やかに生きるためのひとつの知恵になる

 

  作者がこの場面を書いたのは、このことを伝えたかったからだと私は考えました。

 

 

おわりに

   この作品は数多く研究されていて、様々な解釈がされています。この小説をマジックリアリズムと捉える読み方については、私には知識が無いので触れることはできていません。今の私が言えるのは、この小説は「素晴らしい比喩を味わえる」作品であり、読んでいるあいだの時間は穏やかな非日常を過ごせるかもしれない、ということです。幻想的で不思議な世界観は、時間をかけて選び抜かれた言葉と綿密に考えられた構成によって創られています。この18ページの短編を読むことで、気分をすこし変えることができるかもしれません。

 

 

引用元:川上弘美『神様』中公文庫 2001.10