聴覚投資と杖ことば

オーディオドラマと朗読作品を普及させたい。音声作品・新書・小説、様々なことばを本から学び案内します。

大根侍を含め『夢巻』(田丸雅智)がオーディオドラマになりました

  ショートショート作家の田丸雅智さんの作品『夢巻』は、NHK-FM「青春アドベンチャー」で過去2回放送されました。作者は、文学賞の審査員長を務めており、ショートショートの書き方講座を開催するなど、現在精力的に活動をされています。作品では、思いがけないアイディアの組み合わせに多く触れることができます。

 

 ラジオドラマ版では、原作を脚色して場面に合わせた曲や効果音を加えることで、不思議な世界をより身近に感じることができます。今回は、ラジオドラマ版の音作りと演技に光を当てて、5つの作品のあらすじを紹介します。

 

 

 

 

 

 

1. 田丸雅智さんとショートショート

 ショートショートとは、「原稿用紙20枚程度の短い物語」で、「新鮮なアイディア、完全なプロット、意外な結末」があり、「ジャンルはフリー」、つまりはSF、ファンタジー、ホラー恋愛ミステリーと何でもありの物語です。*1  ショートショートは1話あたり2~5分で不思議な世界を楽しむことができ、すき間時間や休憩時間に読む本としては最適です。 

 

 田丸雅智さんは『夢巻』のあとがきに、次のように書いています。

 

 

   ここには読者の方々に物語を通して、ありふれた日常から非日常の世界へと飛んでもらいたいという強い思いがあります。読み終わってぐるっと元のところに戻ってきたときに、ありふれたものだったはずのものがどこか違って見えるようになる。そんな、螺旋階段をのぼっていくような感覚を味わってもらえたらうれしいです。

*2

 

 

それでは、ラジオドラマの1話15分の音作りと、不思議な世界のあらすじ紹介です。

 

2. 作品の紹介

2-1 夢巻 自由に思い出を追体験 

   ラジオドラマ版では、物語の舞台となるBARに色濃いマスターが登場します。出演はジェフ・ゲダートさん。外国語訛りの日本語で喋り、怪しい雰囲気が漂います。このBARは、原作では『夢巻(表題作)』の1話の中だけに登場しますが、ラジオドラマ版では、全5作品に共通する場として設定され、物語をつなげています。

  バーカウンター,BAR,酒

 主人公を演じるのはマギーさん(男性俳優で手品はしません)、「久しぶりー」、「ヤヴァイですよね」など、相手の口調を真似したおうむ返しの演技が、冒頭から楽しませてくれます。さらに、原作での「恍惚な表情」を、よだれ鼻水垂れ流しという表現に脚色しているところも、原作に一味変化をつけています。

 

 店にいる二人の男が吸うのは、葉巻ではなく「夢巻(ユメマキ)」。夢巻を作る材料は、思い出のこもった紙なら何でもOK。夢巻を作る特別な方法は、原作の中で詳しく書かれています。二人は小学校の同窓生であり、今回の夢巻は小学生の卒業文集で作られているのです。

 

   火をつけて吸うと、夜の怪しいBARのシーンとは打って変わって、夏の日差しが降り注ぐ水辺のシーンへと移ります。蝉の鳴き声や水しぶきの音が聞こえ、主人公は小学生の頃の自分になって活き活きと遊びはじめます。子どもたちの語尾に「やけん」をつけた方言での会話は、作者の出身地と同じ、松山の放送局が制作したことの特長がよく表れています。

 

   ひとときの夢巻の世界から覚めた主人公は、別世界を体験できる夢巻の魅力にとりつかれ、どっぷりと夢巻の世界にはまっていきます。

 

 

 

2-2 白石 自分は替えがきく存在か

   ここでの夢巻は、取引先のビジネスマンの名刺で作ったもの。「自分が替えの効く存在なのではないか」という、つい頭の隅に追いやってしまう想いを、主人公は追体験します。

 

 飲み会の帰りに、見失った部下の白石を呼ぶと、なぜか知っている白石とは、全く違う人物がやってきて自分が白石だと名乗ります。主人公だけがその異質な状態に気が付いているのですが、周囲の人は全く動じません。その翌日も平穏に日常が過ぎていきます。白石が入れ替わったことを除けば、何もトラブルは起きずにことが運んでいくのです。そうしてまた別の日、飲み会の帰りに、同僚が一人いなくなる……。

 

 

 もやもやとした思いを抱えたまま、日常が過ぎる様子が書かれています。ラジオドラマ版では、人が入れ替わった時の主人公と周りの人たちの食い違いを会話で膨らませていて、その時の動揺がひしひしと伝わってきます。また、「しらないひと。ぜんぜんしらないしらいし。あんなしらないしらいしと」と、リスナーを混乱させるような言い回しの追加も上手い脚色でした。

 

 

 

2-3 大根侍 もしも大根が刀だったら

 ラジオドラマの主演はマギーさんから変わって蟹江一平さん。

 

        刀を持つ男,ビジネスマン,刀と大根が並ぶ

    男がスーパーに寄った帰り道、大根を入れた袋を片手に歩いていると、腰に大根を差した侍が現れて言いがかりをつけてきます。そこで押しに負けて、3か月後の決闘を申し込まれてしまうのです。侍が振る刀は明らかに大根。最初はそんな設定を否定していた主人公が、だんだんとその不思議にズレた世界に染まっていく様子が楽しいです。さらには、大根剣術の師匠も登場し、教えを受けながら、決闘に向けて修行を続けます。ぶり大根にするなんてことは通用しない世界です。法外なレッスン料をとろうとする、「大根剣術詐欺師」も見分けないといけません。物語のラストに、主人公が明らかにズレた世界の住人になる姿は必見です。

 それにしても、ラジオドラマは「驚き」の膨らませ方がとても上手いです。原作に書かれた主人公の驚きや戸惑いに、曲や効果音、役者の声などが掛け合わされることで、作品世界がぐっと身近に迫ってくるように感じられます。

 

 音づくりでの大きな変更点は、大根剣で切った対象が、原作のポストから街路樹に変更されていたことです。制作陣には、ぜひポストを切った音のイメージを聞かせて欲しかったと思いましたが、読者側で「もしもポストが切れたならどんな音がするだろうか」と、意外な音を組み合わせて作品を創るのも、面白い発想に繋がるかもしれないと感じました。

 

 

 ちなみに、この作品は、2019年6月に『世にも奇妙な物語 ’19雨の特別編』でテレビ放送もされています。現在の時点では原作小説・ラジオドラマ(主演:マギー、蟹江一平)、朗読(小野賢章)、テレビ(主演:浜辺美波)と、4通りの楽しみ方ができる作品です。

 

 

 

2-4 印鑑騒動 印鑑の鳴き声は高い? 低い?

 さて、残りはあと2話です。

  判子,印鑑

 テキトーに押した判子が動き出すというアイディアです。そして、真剣に押した印鑑は動くことがないのです。宅配便で押す印鑑はどうなるか、会社で押す印鑑、結婚届の印鑑は動くのか? 印鑑が逃げ出す世界のドタバタを書いたストーリーです。

 

 この話の印鑑には、鳴き声として子犬の鳴き声のような音が当てられました。実際の印鑑を観察すると、

 

 ・身近にある  

 ・指でつまめる大きさ

 ・ある程度従順

 ・手懐けることができそう 

 

などの要素が思いつきます。これらに「鳴く」という要素を掛け合わせると、犬か猫か。より従順なら犬、小さいなら子犬の方がいい、と行きつく気がします。確かにライオンのような荒々しい鳴き声にされていたら、上に挙げた印鑑のイメージには合いません。音をつくる側も、鳴く印鑑らしさを現すために、いろいろと考えを巡らせているようにも感じられます。

 

 印鑑が動物のように動くなら、主人公がそれを捕まえるためのエサは何か、その答えは原作に書かれています。最後にそれを使って、逃げ出した印鑑を捕まえることに成功するのです。

 

  

2-5 星を探して 曜日をカスタマイズ

 いよいよ最後の作品です。

  

  星曜日,カレンダー

 

 最後の夢巻の世界は、曜日をカスタマイズして、希望した曜日を何度も過ごしたいという願望を叶えられる世界です。水曜日が休みの人は、「月火水水木金日」と、曜日をやめたり増やしたりできるのです。「星曜日」は、日常の煩わしさから解放され、あらゆる星座が放つしみじみとした光に包まれた美しい世界です。星曜日に行くには、なんとなく日々を過ごす生活を改める必要があり、主人公は星曜日に行くために、生活態度を変える決意をします。はたして男は星曜日に行くことができたのでしょうか。星曜日を詳細に語るシーンは、この作品の一番の盛り上げどころであり、朗読でもラジオドラマでも、特に力が込められています。

 

 ラジオドラマのラストシーンでは、夢巻の世界から覚めて店を出る時、まるで星曜日の美しい光が目の前に現れるかのようなシーンがあります。まさに、「非日常から戻ってきたときに、日常がすこし違ってみえる」という事を、ラジオドラマの中で表しているシーンであり、制作陣の作者へのリスペクトを強く感じる作品でした。

 

 

3. おわりに

 今回の5作品は、ラジオドラマをはじめて聴く人に、とてもおすすめできる作品です。お手軽に楽しめる作品を通して、日常の物事をちょっと違う視点からみることの面白さを感じられます。現在、作者の本は20冊以上出版されています。気になった方には『夢巻』に加えて『ショートショートBAR』もおすすめです。今後は、他の作品についても紹介する予定です。

 

3-1 再放送のリクエストを送る 

 番組にラジオドラマの再放送のリクエストを送ることができます。基本的に1度限りの放送ですが、リクエストが多ければ、再放送が叶う可能性は高くなると思います! 「夢巻」は初回は2016年8月、大根侍のテレビドラマ化を挟んで、2020年3月に再放送されました。

    番組へのリクエストを送るページ 

                     [NHKオーディオドラマ]

  

3-2 田丸雅智さん関連サイト

2020年12月24日時点です。

 

 

 

*1:電子フリーペーパー MAGASTORE MAGAZINE 27 「星祭り ショートショートの、いま」田丸雅智 江坂遊

*2:田丸雅智『夢巻』出版芸術社 2014年3月30日 251-252頁