田丸雅智さんは、ショートショート作家として活動していて、現在20冊以上の本を出版しています。
今回は、それらの中から、世代が違っても楽しむことができる、すきま時間や朝読に最適な3冊+1冊を選びました。
今回は、小学生高学年以上を対象としています。
※小学生低学年から4年生向けの本は、記事の最後にリンクを置きました。
1.やがらす魔道具店と黒い結末
1-1 どんな本か
悩みを抱える人の前に、やがらす魔道具店が現れます。
店主はいかにも怪しい人物で、肩には三つ目のカラスを乗せています。店が扱うのは様々な魔道具。客は、お金ではなく、それぞれに大事にしているものと引き換えに道具を受け取ります。主人公たちが魔道具を手にすることによって、日常での悩みが解決されていきます。
ラストシーンの多くは、タイトルの通り「黒い結末」、つまりバッドエンドがほとんどです。そうは言っても、気分が重たくなる話ばかりでなく、ほっこりとさせてくれる話も入っているので、気分は軽いまま読み進めることができます。
1-2 読みやすい。分かりやすい
魔道具は例えば、走るのが遅い子には速く走れる靴を手に入れる「飛迅足(ひじんそく)、引っ込み思案で上手くしゃべない子にはスラスラと喋れるようになる「話潤蝋(わじゅんろう)」など、あったらいいのにな、と感じる魔道具がたくさん出てきます。
ただし魔道具を使うには守るべきルールがあり、これを破るとひどい目に遭ってしまうのです。それが黒い結末につながります。話の展開にすこし慣れてきたら、「この登場人物はどんな風に約束を破って、どんな酷い目に合うのだろう……」と黒い推測をしながら読み、意外な展開に「やられた!」と感じることもあります。
オチには、おどろおどろしい挿絵が描かれていて、「ページをめくった先は何があるのだろう、恐いけど見てみたい……!」と思う気持ちが刺激されます。人の「欲望」をありありと見せつけられるような気もします。そして、道具を手にした時の心が弾むような感覚と、ラストのゾッとする結末の対比が、読者を揺さぶります。
この本の良い点は、「読みやすさ」と「分かりやすさ」です。どの作品にも共通するパターンがあり、悩んでいる主人公の前にやがらす魔道具店が現れて、受け取った道具を使って悩みを解決、そしてその後は…… というパターンです。
これがマンネリにならないのは、「あったらいいな」と思わせる魔道具の品揃えと、主人公の行動にハラハラする展開があるからです。途中で飽きることなく読むことができます。
この本は児童書ですが、そんな分類は関係なく、大人が読んでも十分楽しめる本です。さらに、値段も「990円+税」と、単行本にしては安い価格設定です。私は、ぜひこのシリーズの続編を出して欲しいと思っています。
2.家族スクランブル
2-1 どんな本か
タイトルの通り、家族をテーマにした本です。
この本にも、日常の中で「あったらいいな」という不思議なグッズが出てきたり、日常の中に訪れる不思議な設定の話が収録されています。
全体的に平和で穏やかな話が多くて、毒々しい話は少ないです。作者の特徴である郷愁を誘うような話は、他の本に比べると少ないです。
私が読んでいて楽しかったのは「湯手品」。親子で入っているお風呂でマジックを披露すると、どんどんとお父さんのマジックが摩訶不思議なものになっています。また、歯に関係する行いで、息子の歯の高さが変わる「歯並び」も面白かったです。
こんなグッズがあったらいいなと思わせる話は、人によって呼び込む幸せの度合いが変わる「幸茶」や、雨の日にも色々な空を体感できる「日光傘」などがあります。読書好きの人が気に入りそうな「常秋」も収録されています。その一部を引用します。
ええ、あの町の人たちは、なにも常秋の土地に住んでいたわけではなかったのです。思慮深いあの町の方たちこそが秋を引き寄せ、常秋の町を作りあげていたというんですよ。(192頁)*1
不思議な世界設定は、穏やかで日常的な描写の作品が多いです。その良さはあるのですが、日常に寄りすぎているために、短所もあります。「涙魚」や「箪笥のこやし」では、描写がやや冗長に感じたり、もう少し続きや展開が欲しいと感じて、私としては惜しいと感じる作品でした。
2-2 これは読んで欲しい!異色の作品『お馬さん』
息子と父親がお馬さん遊びをしているところにとつぜん男が現れ、「あなたは素晴らしい名馬だ。是非ともうちの陣営に来て戦ってほしい」とお願いをします。父親はしぶしぶ頷き、厳しい訓練を始めます。
この話は、他の作品と比べても、物語のテンポがずば抜けて良いです。すいすいと読み進めることができ、展開も波乱に富み、ラストのオチも自然な終わり方です。
この本には18作品と、多くの話が収められています。一作品ごとのレベルがとても高い本です。
3.夢巻
作者の本の中で、初めて出版された単行本です。その後の多くの作品に通じるエッセンスが感じられます。
信じられないことに、そこにはぽっかり切り取られた小さな空の風景が、所狭しと並べられていたのだった。乳白色からはじまって群青、紫紺、紅赤、茜、果ては鼠や鉛の色をした小さな雲たちまで、それぞれ水のない水槽の中にぷかぷかどよどよ漂っていたのだ。(125頁)*2
「文字」という作品では、書かれた文字が立体的で質量をもつ存在として日常に現れます。下の引用は、句点(文末の「。」のこと)が風船のように膨らむシーンです。
妻は、句点を突っつく遊びに夢中になって、新聞の句点をかたっぱしから破裂させて回った。(中略) 窓の外をみると、そこかしこに同じようなものたちがぷかぷかと漂っている。『い』や『に』など、ひとつなぎになっていない文字は、宙に出たとたんにばらばらになった。(88頁)*3
他にも、「大根侍」は、世にも奇妙な物語でのテレビドラマ化や、NHKラジオでのオーディオドラマ化もされています。とても刺激的な作品です。詳しくはこちらの記事で紹介しています。
4.追加の1冊 E高生の奇妙な日常
登場人物はすべて学生で、学校でのあるあるネタを題材にしています。
数学が苦手な高校生がアレルギーを起こす「数学アレルギー」や、一人の人が分身するように何人にも分かれて、スポーツ・勉強とそれぞれに取り組み、登校時間になると一人の存在に統合される「層人間」など、あったらどうなるだろう・あったらいいなという設定が楽しく書かれています。
しっとりとした作品では、授業中に居眠りする生徒が、寝ながらボートの漕ぎ手になる「船を漕ぐ」、窓をテーマに同窓会で死者と生者が酒を酌み交わす「同じ窓の人々」などがあります。
友達同士で貸し借りすると、きっと話のネタとして楽しめます。小学生高学年から中学生、高校生に対して、プレゼントする本としても最適です。また、とうの昔に学校を卒業した人でも、当時の感情を思い出しながら楽しく読むことができます。
おわりに
ショートショートの性質上、作品の数が多いので、合う作品-合わない作品は当然あります。楽しむコツは、合わない作品はさっと読み飛ばして、面白い作品を見つけることです。そして、合わない2-3作品を最初に読んだからと言って、それを本全体の評価にして読むのを止めずに、続けてあと2作品ほど読み進めてみてください。
流し読みすれば、1作2-3分で読めるので、10分間の朝読でも区切り良く、すいすい読み進められます。
今回は小学生高学年以上を対象とした本の紹介でした。小学生の1年生から4年生に向けての本はこちらで紹介していますので、ぜひチェックしてみてください。