田丸雅智さんが丁寧に俳句を解釈して、ショートショートに作り替えています。他の「1話5分」で読める作品群とはすこし違った楽しみ方ができます。
1. 俳句とショートショートのコラボレーション
俳人の堀本祐樹さんが句を選び、それらを題材に作家の田丸雅智さんがショートショートを書いています。
俳句の世界をしっかりと引き継いだ上で、作者特有の作風を出すという、なんとも難しそうなことを田丸さんはやってのけています。
2. 「5分後に意外な結末」とは一味違う
2-1 俳句を先に味わう
ショートショートを読む前に、俳句の解釈をすることで、楽しみを2倍以上に増やすことができます。それは、「純粋にそれぞれの作品を読む楽しさ」と、「俳句の解釈を比べ合う楽しさ」です。
「良い」と感じた俳句を、田丸さんが丁寧にショートショートの世界に引き継いでくれていることで、好きな世界が何倍にも広がるような嬉しさを感じられます。
ぜひとも、2-3分の時間をかけて俳句を解釈する読み方をおすすめします。読む時間は、解釈をふくめても1話10分以内に収まります。田丸さんの本の帯には「1話5分で読める」という宣伝文句が多いですが、この本にはそのお馴染みの宣伝がない点からも、一味違う本といえます。
2-2 サクッと読みたい人へ
この本は1話5分以上時間をかけた楽しみ方が合っているので、
「通勤時間や朝読でササっと読みたい」
「俳句を解釈する2-3分が面倒」
「絶対にネタバレされたくない」
という方は別の本がおすすめです。
はっきりと言うと、俳句の存在自体がショートショートのネタバレです。ですので、斬新なアイディアは今回は「おまけ」程度にみるのが良いと思います。驚きを重視していて、サクサク読める作品を楽しみたい方は、こちらの記事の本がおすすめです。
3. 作品の特長を紹介
3-1 俳句の忠実な再現とオリジナル要素
俳句の世界を忠実に再現している作品としては、『写真の友』『都会のビーチ』があります。どちらも、元の俳句に込められた情感がとても良く、小説全体が俳句の世界を引き継いだ丁寧な作品です。
『サクランボ』や『ムクドリ合唱団』では、さらに新しい展開が加わり、オリジナル要素が元の俳句と上手く合わさっています。
3-2 俳句の解釈を比べ合う楽しさ
卒業のかたちに変わりゆく校舎 春明 (216頁)
この俳句を元にした『桜校舎』では、見慣れたはずの校舎が違った視点で見えるという点で、解釈の幅が広がります。
句の中の「変わりゆく」という言葉の意味の広がりに、わたしは魅力を感じました。卒業生が何十人と居る中で、それぞれに見る校舎は視点も違い過ごした思い出も違います。それらすべての思い出を肯定する健やかさを感じさせる、とても好きな俳句です。
一方で、田丸さんは「かたち」に特に注目して、校舎が物質的な変化をするストーリーを書いています。この辺りには、理系出身の田丸さんの特長が出ていると感じます。
3-3 田丸雅智さんの得意な作風
消えゆく存在をとどめたい、うつろう存在をこの世に現したい、そうした作風も存分に発揮されています。
香りが記憶を呼び覚ます『香りの保存師』や死者と語り合える『夜光のBar』では、田丸さんの代表作である『海酒』でみられた記憶への郷愁が読者を引き付けます。
作者の定番とも言える「あったらいいな」と思わせるグッズは、空模様を小さな球の中に閉じ込める『スカイリウム』で読むことができます。
おわりに
田丸雅智さんは新しい分野とのコラボレーションを積極的に行っています。
多くの分野での活躍が予想されるので、ぜひいろいろなタイプの作品を読んでみてください。
『俳句でつくる小説工房』堀本裕樹、田丸雅智 双葉社 2017年10月 第1刷