毎週月曜日のラジオ体操、毎朝の社訓の唱和は何のためにしているのかを考えました。

読んできた本の中に「業務プロセスは経営理念を達成するための手段」というフレーズがあったことをずっと覚えています。
朝の朝礼での社訓や経営理念の唱和は私も「あれ何の意味があるの?それより今日は忙しいから速く仕事を始めさせてよ」と思う気持ちの日もありました。
私は「朝礼で経営理念の唱和は必ずしも必要ではない」と考えています。唱和をすることは一つのツールであり、仕事の目的はありません。前提として、「目に見える業務プロセスそのものが、トップが掲げる抽象的な経営理念を具体化している証」という考え方です。ベテランでも新人でも、仕事のプロセスをちゃんとしていれば、経営理念を間接的に実行していることになると考えています。
経営理念を社員全員で唱和「させる」ことは、経営者にとっては次のメリットがあります。
- 経営者からお客様への広報になる。
- 経営者のメンツや権威性を社内にアピールする
- 社員にして欲しい行動を、抽象的に伝える
あえて抽象的なメッセージを社員に向けて伝えて、その意味や行動は社員各自で考えてもらうというスタイルです。
トップの言葉が抽象的であることはよくあることで、役職者から末端社員にタスクが移動するにつれて、仕事はより具体性を増します。
社訓や経営理念を実現するための手段が業務プロセスです。こう考えれば、朝礼での理念の唱和以上に大事なことは、毎日の業務プロセスを維持改善していくことです。緊急の業務がある時に、唱和をせずに朝礼を先に抜けることが優先されるのはそのためです。
こうした理由から、私は必ずしも経営理念の唱和は、朝礼のプログラムには含めなくてもいいと考えています。ただし、人は忘れる生き物なので、何度も何度も行動指針を思い出させて集団を一定の方向に向かわせる必要があります。そのためには、あまりに言葉が具体的すぎると共通認識を生み出せないため、あえて抽象的な経営理念の言葉を設定しているとも捉えることができます。
よく、ミーディングが「形だけになっている」というのは、ルーティンの悪い側面がでているからと考えています。みんなで一緒に行う習慣は悪習も閉じ込めます。新しいことを拒絶する人の割合が増えると、組織の悪習を断ち切れない循環の力が生まれます。
一部の変化したくない人たちが社内の方向を見て、外部環境(物流の品薄や、オンライン化、自動化と効率化)を見なくなることがあります。例えば業務改善やDX化ができる人は共通の敵になりやすく、感謝されるどころか威嚇されます。
社内の人のための仕事に全振りするのは、キャリアの安全性をじわじわと下げていくようにも感じます。私は一般事務反対派であり事務専門職育成賛成派なので言いますが、一般事務職は人間関係変動のリスクや、省力化で仕事が減るリスクが大き過ぎます。
また、明らかに成果や期待値が低く設定されている仕事の退職に踏み切れないのは、不安定な数か月後の世界よりも苦痛を受け続ける確実な世界をみんなで選び続ける方が心が安定するあるからです。
社内掲示物のセロテープを貼る仕事や郵便物をのり付けする仕事が、その担当者の存在意義であるはずがありません。「毎回私たちはこれでやってきたし、これからも同じようにやっていく」という繰り返しの力の引力は凄まじいです。習慣は安心感を与えてはくれますが罠でもあります。似たような軌道で業務プロセスをグルグルと回しているうちにいつしか重力を持った重心ができてきます。それは人を内側に引き付けて外へ出さなくする力です。
その重心から逃れたいと思っても簡単にはいきません。「これくらいしていればいいよ。いまは考える必要無いよ」と、だんだんと居心地が良くなってきます。重心をずらすには「あがく・もがく」という行動が必要で、あがいてもがいてスピードアップして行動エリアを広げているうちに遠心力のような弾みがついてある時ポンッと抜け出す時があります。
部署移動申請を勇気を出してする時や、転職を決めた時。抜け出した後は本当に体が軽いです。
引き付け縛るものがないふわふわした状態はある意味正しいです。そして抜け出した時に通り道としてできた穴は内側に引き込む圧力ですぐに塞がります。退職をしても代わりの人はいるのでどんな規模の組織でも「私がいないと回らない」ことなんてありません。
抜け出した先には進級/進学/就職活動のようなエスカレーターはありません。平社員/リーダー/主任/係長などの階段もないです。外に出られたのなら一度フラットに自分を引き付ける重力が世界のどこにあるのか探索活動をするのも良い経験だと思います。
- 時流や風向きを読む
- 自分を引き付ける重力が何かを探す
- 行動の振れ幅を大きくする
- 非連続的に進む
異動や転職をして、非連続的な進み方をしていれば非連続的な進み方をしている人に出会う面白さが見つかります。
社訓の唱和があまりにも形式的で違和感を感じ始めたのなら、目の前の業務プロセスは外部のお客様の方を本当に向いているか、社長が作った理念は支配関係をアピールするだけの道具になっていないか、止められても引き付けられる重力を感じているか、立ち止まって整理することが大事だと思います。
組織を抜け出して新しい場所を探しに出るか、組織に留まって社長が始めた事業のお手伝いを続けるか、私生活の環境や今の職場での心理状態をもとに考えてみることが大事です。