「目」の認知機能を紹介するシリーズです。医学や心理学の内容を踏まえて、日常生活をちょっと良くするアイディアを紹介します。毎週火曜日に発信することを目指しています。
今回から3回にわたって、「発達障害とグレーゾーンを解釈する」をテーマに、目線を合わせないと言われやすい発達障害/発達障害グレーゾーンの人達と、上手く「交渉」を進めるための方法を考えます。
- 1.職場で目を合わせてくれない人の評価方法
- 2.目線のメッセージ、天敵捕食者、群れの序列
- 3.表情と感情
- 4.発達障害(グレーゾーン)の人と目線/表情/感情
- 5.解釈のための言葉を探す
- 6.中間のまとめ
1.職場で目を合わせてくれない人の評価方法
もしも、あなたの職場で、目を合わせてくれない人がいたらどう感じますか?
- 失礼な人だ
- わたしの事が嫌いなの?もしかして何か失礼なことをやらかした?
- 適当に扱われていて何だか嫌だ
- パソコンやスマホを見るんじゃなくて、こっちを向いて喋ってよ
- ちゃんと向き合ってくれてない
- 他人ごとのように話している
だいたいは、ネガティブな感情が真っ先に出てくるのが一般的です。
ただ、ちょっと待ってください。意外に感じるかもしれませんが、目を合わせないその行動は「その人なりの思いやり」かもしれません。
目を合わせない人を「あの人自閉症じゃない?」と言ってスッキリしたり、「発達障害みーっけた!」とウキウキしたくなる時があるかもしれません。その時に、「そうした感情を感じたとしても、外に出すことは、グッと、グッと、グーッとこらえて、ひとつ別の考え方をしてみませんか?」と提案をすることが、この記事の1つの目的です。
人は良く分からない相手を恐いと感じるそうなので、発達障害の人に限らず、アイコンタクトをとらない人の感じ方や考え方のプロセスを知れば、今までよりも、心穏やかにコミュニケーションができるようになって、今以上に成長できるかもしれません。
2.目線のメッセージ、天敵捕食者、群れの序列
動物の行動学と目玉のシグナル
まず最初に、目の機能を考える時には、動物と比較すると分かりやすいです。小林洋美氏の著書『モアイの白目』に引用された論文には、動物の次のような特徴が書かれています。
- 食べられたくない虫は、捕食者である鳥が目玉を狙う性質を利用して、しっぽや羽側にウソの目立つ目玉の模様をつけて致命傷を避ける。
- 鳥は、自分よりも強い鳥の目玉を認識するとそれが天敵だと思って逃げる
- 群れの中で地位が低いサルは、ボスに対して「威嚇していない」とメッセージを伝えるために、あえてボスから目線をそらして行動する
「食う-食われる」の関係性では、目玉の存在は「闘うか-逃げるか」という行動として現れます。一方で、社会的な群れをつくるサル社会や人間社会では、目線によって「対等か上下関係か」を示すことができます。
人間とサルが同じとは言いませんが、視線の向きを社会的序列との関係性で捉えると、人間社会で目を合わせないことは、「拒絶や反発心や敵意、距離をとりたい気持ち」を示すためだけではなく、相手や周囲の環境に配慮をした「敵対心を持っていないことを示す、相手の気持ちを思いやる能動的な行動のシグナル」だと捉えることもできます。
大事なポイントは、目線を合わせない行動が、反発心なのか思いやりなのかは、観察する人の解釈によって変化するということです。これは、観察する人の存在が、相手の行動の意図を変化させる(あるいは捻じ曲げてゆがめる)力を持っていると言い換えることができます。
黒目と白目
さて、もう少し動物としての目玉の機能を見ていきましょう。視線は多くのメッセージを周囲に与えています。その視線の発信元は「目玉」であり、さらに言えば、そのまんまるな黒目を囲んでいる「白目」にあります。
そこに目玉があるという実感や視線の方向は、この白目によって強められます。
白目があると人間らしくみえますし、視線の方向も分かりやすくなります。
トイストーリーやトーマスなどのアニメを見ている時に、モノに「にんげんみ」を感じるのは、白黒の目玉のおかげなのかもしれません。
見られていると行動が変わる
誰かに見られているという認識は、人の行動を変化させます。
町を歩いている時に、「ごみ捨て禁止」や「泥棒を見ているぞ」というメッセージと一緒に、歌舞伎メイクの目のポスターが貼られているのを見かけたことはありませんか?相手が生身の人間でなくても、絵があるだけで、人には「見られている」という意識が生まれて行動を変えることがあります。
これは強い意思に基づく行動というよりは、「人が、ついついそう動いてしまう動物学的反応」と捉えるとしっくりときます。
そして、ここからが興味深い点で、人は元々しがちな動物的な反応を、理性で抑えたり、意志を持って変化させることができます。目線や表情や言葉を使って「演技ができる」ということが、人間のコミュニケーションを複雑で、楽しく、分かりにくいものにしています。
3.表情と感情
怒りと恐怖を増幅させる視線
『モアイの白目』に引用された実験では、正面を向いている怒った顔はより一層怒って感じられ、かつ「目の前のあなたが要因だ」と感じさせるそうです。また、恐怖の表情は、真正面よりもすこし横にそらした目線の方が、それを見る人の恐怖を一層引き立たせるという事なのです。
ここで、ホラー映画を1つ思い出してみてください。
……画面に映っている人は、画面の外の何かを見て、顔を引きつらせて、目玉をカッと開いていませんか?この時も、黒目よりも白目によって、恐怖や驚きが伝わってきます。
こうした人の「視線と表情」の組み合わせは、周りに感情を広げています。
悲しい顔:反省しているかよく分からない部下の視線と表情
私たちが「悲しい」という感情を伝えようとするとき、より意識的に感じ考えようとしないと、なかなか伝わりません。
次のイラストを、片方ずつ手で隠して眺めてみてください。向かって右側の女性が悲しいと感じていることを、表情から読み取ることは簡単でしょうか?
無表情から感情を読み取ることは、思っているよりもとても難しいのです。
ですので、表情を理由に怒ると感情を読み誤る可能性が高いです。逆に、怒られて俯いている時に「反省しているように全然見えない!」とキレてくる人がいたら、「あっ、これは無理ゲーなんだ」と思って時間をやり過ごしましょう。表情から反省を読み取ることはとても難しいのです。それに、キレている人の感情処理は相手の課題なので、悲しい表情の練習をする必要なんてないと思います。
4.発達障害(グレーゾーン)の人と目線/表情/感情
発達障害(グレーゾーン)の人たちの一部には、「目線を合わせない、表情筋を動かして感情を表さない」というコミュニケーションのスタイルをとる人がいます。
「無表情が自然な表情」というスタイルの人に接すると、目の前の事実に対して、解釈がいくつもあるという事実に向き合います。たとえば、次のような例です。
(a)目をそらして話す→
- 自信が無い?
- 嘘をついている?
- 目を合わせる習慣自体が無い?
- 話の内容に集中していて、視線の動かし方にまで注意を向けることが難しい?
(b)笑わずに「すごく楽しい」と言う→
- 感情がない?
- 顔面麻痺がある?
- 言葉だけで感情を伝えている?
(c)睨んでくる。→
- 嫌われている?
- コンタクトを家に忘れてきた?
- 蛍光灯の光が眩しいだけ(目の感覚過敏)?
有名な歌手のジャスティン・ビーバーは、2022年6月に顔面麻痺(ラムゼイ・ハント症候群という病気の症状の一つ)になったことを発表しました。発達障害かどうかは分かりませんが、顔の半分を動かす神経が麻痺して、顔全体で笑えません。彼が「楽しいね」と、顔半分は無表情で言ったときに、それが嘘のお世辞か本当か、どうすれば分かるでしょう?解釈は、受け手に委ねられています。
私たちがする「嘘っぽい/本当っぽい」というふんわりとした認知と判断は、物事の背景や仕組みなどの事前知識を知っているか知らないかによって、大きく変わります。
発達障害・発達障害グレーゾーンの人が現す表情、あるいは無表情は、「ふつうって何?常識ってなに?」と内省をしたり解釈をする時間を求めます。そして多くの人は、無表情の人のことを日常的に考える機会がないので戸惑います。こうして、解釈が無限に広がってまとまらないふわふわとした感覚になることも、落ち着かない気持ちをもたらす一つの要因のようにも思います。
取引先や上司にお詫びに行くときには、眉毛を描こう!
ここで暴論、極論を1つ。
どんな人でも、心の中で思っている以上に反省や悲しい気持ちを相手に伝えることは、とても難しいです。では、どうすれば直感的に反省している誠意が伝わるのでしょうか?
ハの字に眉毛を書きましょう!見た目でアピールすれば伝わりやすいですよ(多分)!
5.解釈のための言葉を探す
「無表情」なのは事実。
「興味がない、ぼーっとしている、何も考えていない」は、観察する人の想像と解釈です。
- 不安な感情を抑えるために感情を押し殺している。
- 大量の処理できない刺激に圧倒されて頭の中が考えでギュウギュウになって、顔や体の筋肉を動かそうとする思考が止まっている。
- 薬の副作用で急激に眠気がやってきている。
こうした解釈も、批判的な解釈と同じように認められなければなりません。
そして、無表情な人や視線を合わせない人に出会った時には、たぶん今持っている言葉だけでは、真意にたどり着くことは難しいです。「コミュニケーションの障害」というふわっとした借り物のフレーズではどうにも分からず上手くいかないと気づいたその先に、「交渉」をするための言葉探しの旅が始まります。
6.中間のまとめ
ここまで、動物的な目玉の機能や、感情を読み取ることが意外と難しいこと、そして目を合わせない人の解釈が多様に広く開かれていることを確認しました。
次回は、目線を合わせようと頑張って相手に合わせて、過剰適応でへとへとになる発達障害の人たち、そして、過剰適応を知っていて悪用しようとする人たちに注目します。
さらに、発達障害グレーゾーンの人たちの視線を解釈するため「逃避か?熱中か?」という考え方を案内します。全3回を通じて、お互いが歩み寄り「交渉」に至るまでに必要な道のりを考えます。