『アメリカ史 上』の続きとなる、シリーズの2冊目です。
Black Lives Matterに至るまでの大きな歴史の流れを知り、共和党・民主党のそれぞれの政策の特徴を知ることができます。2020年11月3日のアメリカ合衆国の大統領選挙、2021年1月のバイデン大統領就任を受け、歴史を学び直す本としてもおすすめです。
1. 移民
20世紀初頭、移民の大半はヨーロッパからの移民であり、投票権が与えられた多くの移民はアメリカ北部の一大勢力となりました。移民の増加に公共インフラや学校の整備が追い付かず、生活環境はスラムに近いものであり、移民に対して文化的偏見は根強く存在していました。
移民についての記述が多くある中、日本人としては第二次世界大戦中の日系人に対する待遇について、次の記述が目を引きます。
日系人は一九四二年二月に市民権の有無に無関係に軍事的危険のある者と指定され、およそ一一万人が内陸の砂漠や山岳地帯の収容所に強制移住させられた。四四年には最高裁がこの措置を合憲としている。(99頁)
こうした実態は、人種差別が法律によっても容認されるという点を表しています。
2. 黒人関連の運動
1909年には、平等な法的権利・経済的機会の平等・人種統合などを掲げて「ナイアガラ運動」を指導したW・E・B・デュボイスが、「全国黒人向上協会(NAACP)」を設立しました。この団体は、その後の黒人の市民権運動に重要な影響を与えます。
1954年の「ブラウン対教育委員会事件」を受けて、人種を分けた公的教育が違憲と判決されました。また、1955年には、黒人女性ローザパークスが分離を拒否した出来事から人種分離バスに対するボイコット運動が始まります。有名なマーティンルーサーキング牧師ははこの運動を指導し、ワシントン大行進でスピーチを行いました。
1964年、市民権法では公衆用施設における人種差別が禁止され、翌年には黒人の投票権の保障が強化され、黒人有権者は増加しました。
2000年を過ぎても黒人に対する圧力は依然として存在し、2014年の「ファーガソン・マイケル・ブラウン事件)」では、ミズーリ州の18歳の黒人少年が、白人警察官と口論になった末に射殺されましたが、警官は不起訴となり、判決は覆りませんでした。
そして2020年5月、ミネソタ州でジョージ・フロイド氏の殺害事件が起き、BLM(Black Lives Matter)運動が大きなうねりを見せました。白人警察官による差別や暴力は、2000年代に突如として現れた現象ではなく、アメリカ史の中では何度も同じように繰り返されていた出来事の延長線上に、位置づけられる事件でもあるのです。
アメリカ黒人の歴史については、こちらの動画でデータを基に、詳しく分かりやすく、丁寧に解説されています。動画時間は講義1コマ分あり、とても中身の濃い動画です。
(投稿日2020.6.9 動画作成者:yuki様、アメリカ在住の院生の方)
3. 格差に対する政策
3-1「偉大な社会」構想
アメリカ史の中で、格差に対する政策がとられており、特徴的であるのは1964年の民主党のリンドン・ジョンソン大統領の「偉大な社会」 構想です、
この構想では、大統領は次のように発言していました。
偉大な社会はすべての人々に豊かさと自由があることによって成り立つ。そしてそれには貧困と人種間の不平等の廃絶が不可欠である」(142-143頁)
しかし、一国としての実情は、ベトナム戦争向けの戦費が拡大したことによる財政赤字と、インフレへの対応に迫られた結果、社会福祉支出が削減され所得格差は拡大しました。
この構想に対して、著者は次のように見解を述べています。
経済的利害の相対立するさまざまな集団の調和を維持しながら、貧しく弱い集団に力を与えることのむずかしさが確認されたというべきであろう。(153頁)
財政が厳しい中で格差に対応することの難しさは、過去の話ではなく、まさに今現在のアメリカ合衆国、そして日本にも通じるように感じられます。
3-2 保険制度
民主党のクリントン大統領(任期:1993-2001年)は、医療補助制度改革で国民皆保険の実現を目指しましたが、議会の強い抵抗により実現しませんでした。その後、民主党のオバマ大統領(任期2009-2017年)が「患者保護および医療費負担適正化法(オバマケア)」によって、税負担の問題は残つつも、多くの人が新しく医療保険の対象に加わりました。
他方、共和党の政策に目を向けると、レーガン政権時代(任期:1981年-1989年)には新自由主義の下で「強いアメリカの再生」が目指されました。高額所得者を減税によって優遇する一方、低所得者向けの社会福祉関係費が削減されて格差が拡大しました。そして、共和党のトランプ大統領は2020年6月に、最高裁に対してオバマケアの廃止を申し立てています。
弱者支援の点からは、一見して民主党が素晴らしいようにも感じますが、トランプ大統領にみられたぐいぐいと政策を推し進めるエネルギーもまた、経済全体を活発化させるためには必要であり、全体最適を目指す政策の難しさを感じさせます。
これらの他にも、外交・軍事・経済対策など、政党によって政策に特徴があり、アメリカの歴史を学ぶことが、そのまま政治政策を学ぶことにもつながるという事が、この本で実感できます。
4. アメリカが他国の憲法に介入する
アメリカは1895年に開戦したスペインとの戦争で勝利し、キューバとフィリピンを獲得しました。キューバに対しては、新しい憲法にアメリカの要求が書き込まれ、実質的にキューバは保護国化されてアメリカの軍事基地が置かれました。
憲法への介入という面で、終戦後の日本に対するものと、とてもよく似た対応が他の国に対して行われていたことを、アメリカ史から読みとることがきます。
さいごに
1冊1,200円のリーズナブルな価格で、これだけの量と質の本を出せるところに、山川出版社の強さを感じます。巻頭地図と巻末索引も付いているため、ニュースで流れる地名や人物名を調べるときに、とても役に立ちます。
シリーズの上下巻を合わせて読めば、アメリカ史の大きな流れを知ることができます。それは過去の政策を知り、今後のアメリカ合衆国の動向を探るヒントにもなります。本棚に置いていれば、きっと役に立つ日が来ます。
< 参考文献・引用 >
『アメリカ史 下』 紀平英作 編 明石紀雄、清水忠重、横山良、久保文明、島田眞杉 著 山川出版社 2019年7月 第1刷