2020年5月、ジョージ・フロイドの事件をきっかけに、Black Lives Matter運動が活発になっています。私はショッキングな映像に驚いた一方で、事件の背景にある黒人差別の実態をほとんど知りませんでした。
そこで、アメリカの歴史をまず知ることから始め、なぜ、いま、こうした運動が起こっているのかを理解したいと思いました。
この本は上・下巻の2冊に分かれています。アメリカの歴史を知ることで、2020年に行われた大統領選挙をはじめ、現在のアメリカのニュースに関心を高めることができ、今後の世界の方向性を予測しようとする態度をもつことができます。
今回の上巻では、イギリスによる植民地支配から独立戦争、そして国の統治にあたっての主義思想を知ることができます。
1.イギリスの支配 vs. 植民地の反発
冒頭には先住民の生活が書かれていることから、著者が丁寧にアメリカ史を解説しようとする意志を感じることができます。
「フレンチ・アンド・インディアン戦争」でイギリスがフランスに勝利して、イギリスは現在の北アメリカ大陸の東半分に植民地を置きました。植民地を統治するにはイギリス本国だけでは資金が足りず、植民地からも資金を徴収する必要がありました。
徴税のために、砂糖法(1764)、軍隊宿営法(1765)、印紙法(1765)、タウンゼンド法(1767)、茶法(1773)が作られます。また、統治に関しては宣言法(1766)で、イギリス本国議会が植民地に対してあらゆる立法権を持つことが定められました。
こうした植民地自治の制限に対して、イギリス製品不買運動やボストン茶会事件が起こります。法律が廃止される一方、新しい軍隊宿営法が定められて植民地自治を制限されるなど、常にイギリス本国と植民地のパワーバランスは揺れ動いていたのです。
2.独立戦争 植民地からアメリカ合衆国へ
独立戦争の構図は「イギリス本国 vs. 植民地」です。レキシントン・コンコードの戦い(1775.4)を皮切りに、約7年間にわたって続きました。植民地側でトマス・ペインが出した『コモンセンス(常識論)』は独立の機運を高める追い風となったようです。
ジェファソンらが作った「アメリカ独立宣言」が採択され、植民地の連合が「合衆国」と規定され(1776.7.4)、ヨークタウンの戦い(1781)で植民地が勝利して独立戦争は終結し、2年後のパリ講和条約で13の植民地の独立が認められました(1783)。そして、連合議会は初代合衆国大統領にジョージ・ワシントン(1788)を選出しました。
3.アメリカ国内地域の対立
3-1 西部
未開発のミシシッピ川より西側の地域は、北部と南部が勢力を競う場でもありました。ミズーリ協定(1820)では奴隷制が禁止されたが、カンザス・ネブラスカ法(1854)では一転して奴隷制禁止が違憲とされる(奴隷制は自治に委ねられる)など、政策は転々としていました。これらの地域が奴隷州・自由州のどちらになるかで上院議員の数が変わるため、南北は勢力を競い合っていた。
3-2 南部
綿花が産業の基盤であり、奴隷の労働力が主力でした。白人の中でもごく少数のプランターが奴隷を支配し、彼らは自由貿易を望みました。奴隷解放宣言の後には、多くの奴隷が北部へと脱出して経済基盤は弱体化しました。
3-3 北部
木綿を中心に産業革命が始まりました。北部は、木綿の原材料の綿花を南部のプランテーションに依存していました。イギリス産の工業製品との競争があるので、保護関税を望んでいました。イギリスとの1812年戦争の中で、国内の製造業が成長させ、強力な中央集権的国家を目指し、銀行設立と統一通貨の発行、運河・鉄道の建設などが積極的に進められました。
※南部、北部は現在の北アメリカ大陸の地域を指しています。
4.奴隷制反対と黒人差別推進が両立
4-1 奴隷制反対
中央集権的な力を強める北部は産業育成を目指し、対立する南部の勢力を弱めるために南部の綿花産業の土台となる奴隷制を無くし(奴隷の解放)、中央集権的なシステムに組み入れようとしました。
また、南部の奴隷取引は奴隷家族の離散を起こしていたため、北部の人たちは奴隷取引に道徳的な反対感情を強めていました。
第16代大統領エイブラハム・リンカーン(任期:1861-1865)は、こうした産業の要請と世論を汲み上げ、奴隷制反対(黒人植民の肯定)と人種差別肯定(黒人と白人の混血の反対)を掲げることで、支持を集めます。そして彼が出した奴隷解放宣言(1863.1)は、南部黒人が北部へ脱出する流れを促進して、北部のもくろみ通りに南部の経済基盤は弱体化したのです。
4-2 黒人差別推進
当時、領土膨張主義という「アメリカ大陸は白人のもので、いずれは合衆国の支配下に置かれるべきであり、アメリカ大陸に黒人を置いておくのはよくない」という考え方がありました。実際、1812年戦争以後の選挙権は21歳以上の白人男子に与えられたが、黒人は選挙権を含めて厳しい差別を受けていました。
後の1865年には市民権法案により、「合衆国市民権」は人種・皮膚の色によらない州の枠を超えた国民的権利であることが定められたが、この法案でも黒人の市民権の問題には触れられませんでした。
5.南北戦争、北部の勝利と南部の再建
南北戦争で北部が勝利して南部の奴隷制は自然と無くなったが、元奴隷のプランターへの縛り付けや黒人への差別感情は依然として残っていました。南部では、黒人票が投票の80%を占める選挙を経て再建州政府ができ(1867~)、黒人と白人から成る共和党による統治が行われました。
北部でもこうした南部の動きを受けて、市民権法(1866)や、黒人選挙権を示した連邦憲法の第14条・第15条(1870)を背景に、乗り物や公共施設での分離や差別の廃止、統合教育の促進が図られました。その一方で白人テロ組織クークラックスクランが結成、南部全体に広がり、白人民主党による暴力が起こっていました。
その後、アメリカ社会は農業的社会から工業や都市を特徴とする社会に変わる時代(金ぴか時代、1877-1880年代末)に入り、工場労働をするプロレタリアート、スラム街、ソーシャルワーカーがこの頃に生まれています。
6.黒人活動家の記載
主な黒人の活動家についても、本の中では触れられています。1700年代の砂糖法などの徴税や統治に対し反発をした自由黒人クリスパス・アタックスら3人が死亡し、統治していた白人兵士たちは無罪放免となりました(1770.3)。
ジャクソン時代には奴隷制即時廃止運動が起こり、北部の自由黒人により黒人ナショナリズムが発展ます。黒人の地位向上を目指し、フレデリック・ダグラスやマーティン・デレイニが活動を進めました(1840年代)。
南北戦争中のヴァージニア州ではジョン・ブラウンが連邦武器庫を占拠しましたが、南部の蜂起は起こりませんでした(1859.10)。
7.上巻のまとめ、下巻へ続く
この本を読むことで、アメリカ合衆国という国が、統治への反発や、産業構造の対立の結果として形作られてきたことが分かります。また、現在のトランプ大統領の過激な主張への賛同が、突然生まれた風潮ではないことも理解できます。
このシリーズの上巻は地域ごとに解説されるので、年代が行ったり来たりしているため、所見ではやや読みにくい箇所はあります。しかし、内容はとても充実していて読みごたえがあります。下巻は、上巻の知識が内容理解を助けてくれるのでとても読みやすいです。
上下巻を合わせて読むことで、アメリカ史を広く概観することができます。この価格で、これだけ充実した内容を読むことができることに、山川出版社の力を感じました。
山川出版社 2019.8.2 初版第1刷
著者:紀平英作、明石紀推、清水忠重、横山良、久保文明