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【エッセイ】(第12回)原画のチカラ。絵を飾ると良いことあるよ~絵が心の窓になる~

ジャンルフリーで自由に書いて投稿しているエッセイです。

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1.絵がある日常

 私はたまに個展に行く。初めて作家さんの個展を観に行ったのは二十歳頃だったと思う。建物の1階のアトリエはガラス張りで、外から内側が見えるようになっていた。中は奥に細長い間取りで、太陽の光が絵に直接当たらないようになっている。ドアには、昔ながらの喫茶店にある小鈴が付いていて、カラカランと鳴ったことを覚えている。見た目は落ち着いたふりをしていても、内心はドキドキして緊張していた。意外と受付の人は気にする様子もなくて、ほかのお客さんも思い思いのペースで壁に掛けられた絵を眺めていた。あっという間に私は新しい世界に迎え入れられた。

 

 それから十数年が経ち、今では、絵は私の生活の一部になっている。気になった作家さんの個展には多少遠くても観に行き、部屋には各地でお迎えした絵が並んでいる。これまでの絵との関係を振り返ってみると、私はもっぱら見る専門で、とても不思議な距離感で絵とかかわってきた。絵で人生が180度丸々変わったことは無いし、自分の価値観を一気に塗り替えられたことも無かった。ただ、日常にすこしずつ溶け込むように、絵の存在が当たり前になった。絵が生活の一部になり、私の感性にも影響を与えてきたように思う。

 

 

 

2.私が買いたい絵

 手書きの絵は一生ものだ。大事な絵はこの先ずっと飾っていたい。思い返せば、私が購入を決めた絵には2種類あって、ひとつは気分が沈んでいる時に元気をくれると感じた絵だった。この軸で選んだ絵は、いまのところ100%私にベストマッチした絵でいてくれている。ふたつめの基準はワクワクした好奇心を刺激してくれる絵だ。こちらは技法やモチーフがとにかく良くて、いつまでも眺めていられる絵が多い。自分の状態があたりまえに日々変わるからこそ、変わらない絵があることにホッとした気持ちになれる。

 

 絵の中には肌ざわりを感じたり、音が聞こえてくるような作品があって、そんな絵に出会えたときには、ずっとその場所に居たいような感覚になる。例えるなら、春の原っぱで優しいそよ風を受けて目を閉じる時のような安心感、ペットが昼寝をしている隣で甘いカスタードクリームを味わう時のような充実感。そういう絵の原画はたいてい6万円以上するから「どっひゃー!」という感じなのだけれど、スマホのティスプレイ越しでは伝えきれない、生で原画を見るからこそ体感できる質感や空気感は一級の贅沢体験だと思う。

 

 個展に行く日は、なんでもない日が特別な1日に変わる。手帳の黒文字が輝いて見える。オリジナルのポストカードや卓上カレンダーを記念のお土産にするのも楽しくて、電車の中でも鞄に入れたグッズのことを思うと自然とウキウキとした気持ちが湧き上がり、体が2cmくらい浮いているみたいにふわふわした。

 

 

 

 

3.心に窓をつくる仕事

 手書きの絵からは「大事にされた時間の密度」を確かに感じる。この目に見えないパワーは、ポストカードや複製原画と比べると、原画が一番強い。「花・鳥・クッキー・家具・人物」あるいは「水彩・油彩・アクリルガッシュ」と、どれほどモチーフや素材の要素を並べたとしても、多分この時間の密度にはたどり着けない。何が描かれているかでなく、なぜ描いたかに思いを寄せるとき、絵から作家さんの歴史や思想、姿が、ゆらめくように立ち現れる。作品を完成まで仕上げたタフさや、対象を大事にし続けた時間の密度が力の源泉になって、目には見えないエネルギーを発している。

 

 そして、心の世界では、絵の向こう側にあるのは壁ではなく、どこまでも自由な世界が広がっている。例えば花の絵は花を大事に育てた時間に、動物の絵はペットと一緒に暮らした時間につながっている。作家さんが描く絵は、見る人の心に窓を創ってくれる。心の窓の向こう側には過去も未来もひっくるめて、誰かや何かを大事にしてきた世界や、これから大事にしようと想像する世界など、いくつもの世界が同時に重なり合って存在している。自分と他者の、また、過去と未来の重なりを何度も感じ、「通じ合う」という言葉はこうした瞬間のためにあるのだと思った。

 

 

 

4.今は苦しくない幸せを肯定する

 少しだけ私の話をすると、私は人に尽くし過ぎる傾向があった。そのせいで、利用されたり、仕事過多になり過ぎた時期がある。大事にされていない。どこか別の世界に行けたらなら……世界が変わって見えたなら……そんな風に感じて気持ちが弱ったときには、お気に入りの絵を見ると心が回復した。嬉しさを感じとる感覚がどこからかふつふつと湧いてきた。誰かが時間をかけて、大事にしている世界があるという事実が本当に力強かった。

 

 絵を見る自分の姿は日々変わる。苦しい時に絵を見ていた自分もいる。穏やかな心で絵を見ている自分もいる。絵の前に立つと、1つ1つの場面の記憶が、半透明のホログラムのように重ねられていて、絵をお迎えしてからの過去の私自身を全部ひっくるめてみている感覚になる。煮詰まった思考のループからは、スッと別の世界へ引き出してくれる。大事にしたいのは何?と問いかける地点に立ち戻らせてくれる。

 

 私には、今は苦しくないと確かめながら穏やかに過ごす時間を、幸せと感じる感性がある。作家さんの絵は、その感性を肯定してくれているような気持ちになる。絵の前にいつでも戻ってくることができる、ここが何者にも壊されることがない私の安全基地。世界に用意された私のための特等席。心を回復させる場所。好きな世界がこれからも増えていくと思うとわくわくする。生き進めるのも悪くないと肯定できるのは、とても良い感じな気がする。

 

 二十歳の頃に初めてアトリエに入った時のドキドキを乗り越えてよかったと思う。気恥ずかしいし、入るのをためらっていた絵の世界は、すんなりと私を迎え入れてくれた。こんなにも穏やかな世界が誰にでも開かれていることを知った。

 

 絵は心にひとつの窓を創ってくれる。その窓は、過去も未来もひっくるめて、誰かや何かを大事にしている穏やかな日常を見せてくれる。心の窓の向こう側に大事な世界が増えるのを想像するとわくわくする。生き進めるのも悪くない。絵が見せてくれる穏やかな日常をずっと大事にし続けていたい。