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【月曜日のエッセイ】第10回 のどに心が現われる。触れて、離れて、思い出す。

月曜日に投稿しているエッセイです。

 

フルーツジュース、炭酸飲料、お気に入りのコーヒー。中身そのものよりも、器があることが、心を安定させてくれるのかもしれません。「私のための器」と「プロセスを蘇らせようとする心」をテーマに、心の拠り所を考えます。

 

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1.人を透明にする仕事

人を透明にする仕事がある。

 

私が私でなくてもいいような、結果が決まっていて、どこかには代わりがいて、仕事ってそういうものだよね、とごまかしながら、とりわけて思い出されることもなく、来てくれるなら相手が誰でもいいような仕事をしていると、体が透明になる。

 

目の前のことに対処しているうちに、混乱して、訳わからない世界にいるような気がしてくる。同じ電車に乗り合わせている名前も知らない人達。その全員に、それぞれの人生があって、家があって、両手両足がついていて、明日のことを考えていて、おびただしい人の数に、なんだか圧倒されるような気持ちになる。

 

混乱した世界で、いつもの刺激が欲しくなる。

 

 

2.コンビニは楽しい

コンビニって色があるから楽しい。

 

冷たいペットボトルや熱い紙コップに触れると、透明になりかけている私が輪郭を取り戻したような気分になる。駅のくすんだコンクリートを見ているよりも心が晴れる。

 

フルーツジュース、レモネード、ホットコーヒー。

 

選んで手に取ると、私がぼうっと世界に現われる気がする。

お金を払うと、私がもう少しだけ世界に現われる気がする。

開けて飲んだ瞬間、私はハッキリと世界に現れる。

 

 

いつもの味、重さ、さわり心地、香り、のどごし。まだ明るい空が広がる。圧倒されそうな世界で、私の輪郭といつもの感覚が戻ってくる。

 

のどが潤うと「ああ、何かがすり減っていたな」と思うし、「頑張ってるよね」と自分を褒めたくなる。

 

 

3.小さな器は愛情だ

水でもコーヒーでも、私のための器がある、ただその事が嬉しいと思う。

 

小さな器ってきっと愛情だ。他の人が淹れてくれたコーヒーはいつもより美味しいし、ファミレスのお皿に乗った料理は特別な気持ちになる。

 

べつに機械が淹れたコーヒーでも、レンジでチンしたポテトフライでもいいけれど、キレイに包装されていたり、器がデザインされていたりすると気分が上がる。「あなたのために用意したよ」と言ってくれているみたいで、元気が出てくる

 

自由にできる器があるって楽しい。

 

 

 

4.大きな器は安心感をくれる

もっと大きな器は、私たちを安心させてくれる。デカくて包み込んでくれる器。

 

いい車、いい家、肩書き、自分のイメージ。多くの人が見てくる私の器。ちょっとやそっとで崩れないやつ。

 

大きな器を持つことって気分が良い。人に見せつけるともっと気分がいい。これが私なんだと強さをアピールできて、世界にハッキリとした輪郭線を引いてくれる。

 

ちょっと気になるのは、手のひらサイズの器に比べて、大きな器や見えない器を手放すのはけっこう大変だ。

 

住んでいる家とか、入っている部活動とか、働いている会社の肩書きとか、「イコール私」になっている器を手放すのは、それが大きくて、長く持ち続けてきて、手に入れるのに苦労したものほど、手放したくない。

 

 

5.器を手放す練習をする

奪われるのも、壊れるのも、汚されるのも不安。

 

辞めると"はずれる"し、自分が崩壊する気持ちになる。輪郭線が失われて透明になる。くすんだコンクリートと同化する存在になってしまう。

 

この感情って、結構あぶないよ!

 

「大きな器=私そのもの」だと、時間が経つと壊れて朽ちて、世界から色が褪せていく。風景と同化して、忘れ去られて透明になる。手に入れた車、家、肩書き、年収、部活会社主義国家。包まれて、含まれるほど透明になる。名前さえ呼ばれなくなる。

 

少しずつ何かをやめる練習や、離れる練習が必要かもしれない。手放す練習をして、揺れ動く感情に慣れていく。離れたときの嬉しさや、悔しさや、ホッとする気持ちを感じとる練習をする。

 

仕事帰りに飲むコーヒーは、きっと器を手放す練習だ。

 

 

 

6.姿かたちは変化する

器はいつか消え去るし、中身をため込み続けることはできない。すべてのものが変化を続けている。

 

水は止まっているように見えて、水素と酸素の周りに、小さな電子が雲のように広がりグルグルと回っている。

 

桜のゴツゴツとした幹の内側では、水分が不思議なスピードで駆け巡る。

 

自動車の車体は、熱を与えて生み出されて、役目を終えればまたドロドロに溶かされる。

 

課長や係長といった役職の数は、増やすことも減らすこともできる。

 

何億何兆もの変化の組み合わせから一つが形として現れて、私に触れて何かを残す。パートナーが淹れてくれたコーヒーだって、何億何兆分の一の巡りあわせで目の前に現れている……ちょっと壮大すぎる?

 

ともかく、どんな姿かたちの存在も、いつかは変化し、いつか手放すことを意識するから、限られた時間の中で大事にできる。

 

 

7.プロセスを思い出す力

手放す練習をすればするほど、心穏やかに過ごせるような気がする。

 

それはきっと、何かを手放した分だけ思い出す力がつくからだと思う。手放すから余裕が生まれて、未来にちゃんと期待ができる。

 

飲みたい、食べたい、息を吸う、息を吐く、声を生み出す。その一連のプロセスに、機械ではない人の心が現れている。のどを動かすプロセスが、人と人とをつなげる。

 

生み出す声が無数の泡のように、肌や鼓膜に触れて感触を残して消えてゆく。残した文字が、頭の中で音や声になり、やがて消え去る。そうして、通り過ぎた泡一粒の感触を、もう一度世界で感じたいと思えるところに人らしさがある。

 

そして、人に過去を思い出す力があるからこそ、触れた泡の一粒に、意味があったことを感じられる。

 

 

8.思い出される良い仕事

仕事で商品をリピートしてくれたり、「またお願いね」と言ってくれたりする人がいると嬉しいのは、誰かが自分を思い出すことを実感できるからだと思う。

 

思い出して、名前を呼んでくれる人の存在が、世界で透明になりそうな私たちに輪郭と色を与えてくれる。

 

ゆったりとテーブルに向かい合って座って、好きな飲み物の入った器にそれぞれに触れて、飲んだり喋ったりして、あと片づけをして、いつかそれが穏やかな時間だったと思い出す。

 

人と時間を過ごして、離れた経験を重ねた数だけ、思い出すことも、思い出さないことも、きっと上手にできるようになる。

 

一匙の砂糖を入れたコーヒーのように、通り過ぎるものたちの思い出が、今日一日を、また、豊かにしてくれている。