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【月曜日の400字エッセイ】書店は倉庫か?リアル書店の割高な本

書店の本は割高だ

本が平積みにされていると目を引きますが、最近、それだけではすぐに本を買わなくなっています。ネットで買った方がポイントが付き、最新刊でも定価の10%オフで買えることがざらにあります。

 

書店はその10%の差を埋める必要があります。

 

 

書店員には、肉声で本をアピールして欲しい

リアル書店とネットの価格差を埋めるために、書店で、あえて賑やかで騒がしい時間帯を作って本の販促をしても良いのではないでしょうか。

 

本の要約ではなく、今の社会情勢にどんな本が関連しているのか、どんな展望が必要か、物事を考えるプロセスを、肉声で聞かせて欲しいです。人気のテーマと、ニッチな関連本を教えてくれる書店員がいれば、多少割高でもその店で買いたいです。

 

店員がレジと品出しをしている動きしか見せてくれないなら、機械化された流通倉庫と変わりありません。

 

書店員は目だけではなく、客の耳に訴える時代が来ているように感じます。

【月曜日のエッセイ】第3回 多様性より適材適所

多様性という単語がもてはやされています。

 

「どの視点からみた多様性なのか」という補足が語られないことがあります。

 

血液型?出身地?好みの芸能人?

学歴?資格?肌の色?

 

政治家や、組織のリーダーがこの単語を使う時、そこに「目標に向けて、人を行動させる教育や仕組みの多様性」の有無に目を向けることが大事だと感じています。目標に向けて行動をして成果を出すという集団のベクトルがある以上、多様性よりも適材適所を実現できるかどうかが大事です。

 

社会的弱者に目を向けた時、多様性社会は弱者にとっては残酷な一面があると私は感じています。それは、多様性と競争が両立するという現実です。

 

視点1:差異と能力の明確化

多様性社会の特徴は、差異と能力をとことん見えるようにすることです。

 

差異があるからこその多様性なので、成果に応じた報酬や、賃金や待遇の不平等は、多様性社会でも当然あり続けます。

 

大事なことは、差異を確認したうえで、共通の目標に向かって行動を合わせることです。企業が一定の目標をもつ以上、血液型や人種や性別などの生物学的多様性に対して、社会的ルールと共通目標は優先されます。

 

視点2:多様性は金がかかる

多様性社会の恩恵を受けたいのなら、教育ノウハウや設備改修の資金量がある大きな組織に行く必要があります。

 

差異のある多様な人材を活用するには、それぞれにマッチしたタイプ別の教育の仕組みが必要です。資金や仕事量が少ない組織では日銭を稼ぐことが優先されることがあり、社内で人を育てるよりも外部から人を雇う方が楽に思う経営者がいます。そこに多様な人材が来たところでミスマッチが起こります。

 

視点3:教育資源へのアクセスは課題

現状、学びの教育資源へのアクセスには格差があります。Wifiの通信速度や、自分に合った教材を探す能力も関わります。

 

日本人全員が、無料で学習教材にアクセスできる社会になった時、課題が何分以内にできないのは努力をしなかったからだ、という個人責任論が出てくる可能性が高いです。

 

そこで取り残されるのは身体や脳機能にハンデを持った人たちです。

 

手話ができる聴覚障害者に読唇術を強要したり、自閉症の人に空気読めよといったり。言語化や明文化することに時間やノウハウが必要な領域を「空気を読む」というふわっとした言い方でくるんでしまう組織には多様性はありません。

 

多様性社会は差異の明確化、教育STEPの段階分けが必要な社会です。教育内容を分解してタスク分けをしない組織には、多様性のある人材を活用することはできません。

 

多様性とは、教育法の選択肢を与えることとも言えます。

 

 

視点4:多様性は最低限度保証

多様性社会は、社会的弱者の立場の人が合理的配慮を求めることが、法律で認められています。

 

受け入れる側も、受け入れてもらう側も、目標多様性や配慮とは最低限度を保障するための決まりであるという思いは持っていた方が良いと思います。

 

例えば、平等な挑戦権・最低賃金・ロッカーの使用権などの権利です。

 

 

 

視点5:レジリエンスと芸術教育

多様性社会と競争社会は両立します。

 

競争に敗れて自己肯定感が下がった人へのケアは乏しいのが現状です。レジリエンス教育感性を大事にする芸術教育が必要だと私は考えます。

 

一度失敗しても、自信を取り戻すことを後押しするコンテンツや、劣等感を忘れるくらい熱中できるネット上のコンテンツを案内することも必要だと感じます。

 

マイノリティは組織のマスコットではありません。多様性は受け入れる側の変化が試されます。手間をかける労力が必要です。多様性が大事だと口にするリーダーがいる時、タイプ別の教育指導の仕組みが用意されているかをチェックすることが必要です。

 

 

 

 

月曜日の400字エッセイ(第2回) 「聴く読書」は不思議なコトバ

本の音声化作品を扱うサービスの一つに、アマゾンのAudible(オーディブル)があります。その広告に「聴く読書」というキャッチフレーズが使われていますが、私はこの言葉に引っ掛かりを感じています。

 

音声を聴くときには、必ずしもテキストを読む必要はありません。例えば、家事をしながら・ランニングをしながら・通勤をしながらなど、多様なスタイルを選べます。「聴く読書」と見聞きした時に「聞くの?読むの?」と不思議に感じてしまいます。DeepL翻訳やGoogle翻訳にかけても「Listening (and) Reading」と出てきてよく分かりませんでした。

 

私としては、「聴く読書」よりも「聴書(ちょうしょ)」の方がしっくりくるのですが、いかがでしょうか?

 

キャッチフレーズへの違和感はありますが、私としては、発表される作品をこれからも追いかけたいです。参加者がどんどん増える音声化の分野は、とても面白いです。

 

 

www.maruyoshi30.net

 

月曜日の400字エッセイ(第1回) 通信技術が「こもりびと」に力を与える

「やっと外に出られる!飲み会ができるぞ!」

 

秋になって衣替えをした人たちが、緊急事態宣言の解除を受けて「これでひきこもりから解放される」と旅行雑誌を開き始めます。

 

その一方で、季節が変わっても、勉強や仕事に向かえず、社会との関わりが止まっている「こもりびと」がいます。そうなった理由は様々で、社会の状況や、個人の特性・いじめられた体験などです。

 

これまでは、人と関わらずに「感染症が怖い」と言っていれば、大勢と気持ちを共有することができました。しかし、その共感熱で温められた環境は、ぬるま湯に変わりつつあります、つかり続けていると、この先、寒く凍える季節が来ます。

 

「こもりびと」に暖かい熱をもたらすのは、個人に向き合うカウンセリングと、社会とつながる通信技術です。中でもテレワーク技術は、「こもりびと」が扱える強力なツールです。社会の中で、テレワークが盛り上がり、使われ続けることを願います。